フレディマーキュリーの葬儀の様子は?埋葬と遺灰の場所はどこ?メアリーが変貌?

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フレディマーキュリーといえば、エイズの合併症である肺炎で最後をむかえています。上の写真は、亡くなる少し前のフレディの姿です。筋肉質だった体はやせ細り、頬もこけてしまっています。

ところで、葬儀の様子ってどんな感じで行われたのかご存知ですか?大物スターですから、壮大に大勢の人たちに見守られながら、天国に行ったのでしょうか?遺産の金額なども気になるところですよね。

しかし、フレディマーキュリーは謎のスターです。最後の時まで、多くの謎を残してこの世を去りました。実は埋葬場所や遺灰の場所が、ある人物以外だれもわからないんです。

「そんなことってあるの?」と疑ってしまうのですが、この謎は未だ深い霧の中に包まれています。

今回はフレディマーキュリーの葬儀の様子や、埋葬と遺灰の場所はどこに隠されているのかある人物も気になりますし、できる限り真相に近づいてみましょう。

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葬儀の場所と石碑に刻まれた文字

1991年11月23日、フレディは以前から噂されていた、HIV感染を認める声明を発表しました。発表してから24時間も経たないうちに、翌日の24日、HIV感染合併症のひとつであるニューモシスチス肺炎によって亡くなりました。45歳という若さでした。

11月27日に、ロンドンのケンザル・グリーン霊園で葬儀が執り行われました。

参列したのは、家族、恋人をはじめ、クイーンメンバーのブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコン、エルトン・ジョンも参列しています。その他、近親者や友人を含め35名が列席しました。

思ったより少人数ですよね。ビックスターの死ですから、いろんなすごいアーティスト達が押し寄せる勢いでやってくるのかと想像していました。

この場所で行われたという証拠になる映像があります。

おじいさんが、フレディマーキュリーと言っているので間違いないでしょう!パスポートの名前もすべて改名したのに、石碑は改名前の名前を使ったんですね(゜o゜)!

石碑には「ファルーク・バルサラの愛しい思い出に。1946年9月5日‐1991年11月24日」と英語で書かれてあり、さらに続いてフランス語で「Pour Etre Toujours Pres De Toi Avec Tout Mon Amour (私の愛の全てと共に、いつまでもあなたの傍にいます。) M」と刻まれています。

最後の「M」の文字は、フレディの恋人だったメアリー・オースティンの頭文字だと考えられています。

フレディマーキュリーの葬儀の様子


フレディの最後の恋人と言われたジム・ハットンは「フレディマーキュリーと私」という書籍の中で葬儀の様子をこのように説明しています。

ブライアンは手を握り、僕に会えてよかったと、そしてフレディが死んでほんとに 悲しいと言った。

ロジャーも同じ言葉をかけてくれたけれど、彼は握手でなく僕を抱いてくれた。

さらに僕はジョンに葬儀で会えたことが嬉しくて、彼に感謝の気持ちを伝えた。 彼はフレディが世間から身を隠すようになってからは離れて見守っていたけれど、 こうして最後のお別れを言いに来てくれた。僕達は握手をしてそっと抱き合った。

出典:フレディマーキュリーと私(ジム・ハットン著)

続いて、メアリー・オースティンはこのような言葉を残しています。

彼がエイズに感染していると分かったときは、胸がつぶれるような思いでした。

私は自分の家族を失いました。だって、フレディが死んだのですから。

私は自分の永遠の愛だと思っていた人を失いました。彼が亡くなったとき、私は彼と結婚していたんだと気が付きました。フレディと別れることは決してできません。それは彼が亡くなった後も難しいことでした。

出典:https://www.biography.com/news/freddie-mercury-mary-austin

恋人の死は悲しいなんてもんじゃないですよね(>_<)フレディの死によって動揺したのは、家族や恋人だけではありませんでした。

ブライアン・メイは意気消沈してしまい、生きているのが嫌になってしまったと後に語っています。実父が亡くなった時期とも重なり、深刻なうつ状態になりました。その後、アメリカの病院で治療を受け、なんとか回復しました。

長年の友人である、ミュージカル俳優のピーター・ストレイカーは、フレディに直接「エイズに感染しているんじゃないか」と質問をぶつけるも、フレディは血液の病気としか答えてくれなかったそうです。

その後何度か連絡を取ろうとするも、「彼は忙しい、外出中」という理由でつないでもらえませんでした。フレディが死んだときはひどいショックを受けて、葬儀に出席できませんでした。

フレディの葬儀はゾロアスター教にのっとって

フレディーマーキュリーの葬式は、ゾロアスター教の習わしにそって行われました。

そもそもゾロアスター教とはどんな宗教なのでしょうか?あまり聞かない名前ですよね。特に葬式の仕方について少しまとめてみました。

ゾロアスター教
・ゾロアスター教は紀元前6世紀ごろのペルシャの予言ゾロアスターを開祖とし、世界最古の一神教といわれています。少数派の宗教ですが、世界には約10万人の信仰者がいます。

・葬儀の仕方は火葬、土葬のどちらでもなく、遺体を自然にさらしてそのままにするか、鳥に食べてもらう鳥葬が行われます。インドのムンバイには「沈黙の塔」と呼ばれる、遺体を自然にさらすための建物があります。

・人間の死体は不浄のものという考えがあり、聖なる火で死体を焼くことはタブーとされています。「水・風・火」は母なる神が与えてくれたものなので、これらを使わずに埋葬するには「鳥葬」こそが最善だと考えていたのです。

また、鳥に死体を与えることは人生で最後の高徳として讃えられています。

・現在は衛生的な問題から、鳥葬が禁止されています。大半の信仰者は土葬を取り入れていますが、インドのムンバイにおいては未だに伝統を重んじ、「沈黙の塔」で埋葬されています。

このような埋葬の仕方があるんですね(@_@)衝撃的です!!現在では遺体をそのまま自然にさらしてして、埋葬することを違法とする国もあります。フレディの住むロンドンも例外ではありません。

特にヨーロッパなどに住んでいるゾロアスター教信者は火葬を選び、その遺灰を自然にまく人が多いです。

フレディ自身は、実際のところ、そこまで熱心な信仰心はもっておらず、信心深い父とは時々対立していました。しかし、このように最後を迎えるときは自分を偽っていたとしても、原点に返っていくと思うと感慨深いものです。

フレディとメアリーの関係


フレディは火葬され、その遺灰はメアリーが受けっとっています。

遺灰は壺の中に入れられて、メアリーの寝室に2年間置かれていたそうですが、その後彼女は、密かに彼の希望した場所に移しています。メアリーがどこに撒いたのかまではわかっていません。フレディの両親さえもわからないのです。

何故わからないのかといいますと、フレディ生前に2人の間で秘密の約束が行われていました。

こちらは2013年デイリー・メール紙でのメアリー・オースティンが語った内容です。

フレディは死ぬ前に私と最後の約束をかわしました。「埋葬してほしい場所はもう決まっている。火葬の後に、灰を集めて、決して誰にも邪魔されない静かな場所に埋めてほしい」と言いました。

壺を持ってこっそり家を抜け出しました。スタッフにわからないように、いつもの通りに振る舞う必要がありました。だから、美容エステに行くと言って出かけたんです。タイミングが難しかったけど、誰にも埋葬場所が知れることはありません。

出典:https://www.dailymail.co.uk/femail/article-2301718/Freddie-Mercury-Queen-stars-lover-Mary-Austin-cursed-fortune.html

メアリーは約束を守り、今でもフレディの眠る場所は秘密のままです。

1985年のインタビューで、フレディがメアリーに、特別な信頼を寄せていることも明らかにしています。

僕には本当の友達はいない。誰もが僕の友達だと言って寄ってくるけど、彼らのことは信頼していない。僕が信頼している人はそれほど多くない。ただ一人いるとしたら…メアリーです。彼女は長い間、僕の恋人だった人で、今は付き合ってはいないけど、彼女は唯一僕が頼れる友人です。
出典:https://youtu.be/t0OX9zNJMMQ

また同時に、成功してスターになり、たくさんお金が入ってくると、そのためだけに寄ってくる人も多く来るようになりました。そうゆう人たちとの人間関係の難しさなどもあり、より一層メアリーのような存在を大切に感じていたのだと思います。

メアリーの変貌


フレディはメアリーのことを「ソウルメイト」と呼び、固い絆で結ばれていました。フレディの遺産のほとんども、最後の恋人ジム・ハットンではなく、メアリーに与えられています。

メアリーには、推定2000万ポンド(現在のレートで約28億5000万円)と彼のロンドンの邸宅が与えられました。ちなみに、ジムには7000万円の財産を託しています。

額が違うんですね…これはジムのジェラシーがメラメラと湧き上がるのも当然です。

しかし、これだけの遺産をもらうとやはり性格も変貌してしまうのでしょうか?メアリーもジムに対しては強気です。遺産を相続した後、メアリーは早くもジムをガーデン・ロッジから追い出しています。

ジムとメアリーの関係は良いとは言い難いですね。額の差が大きすぎるため、仕方ないことなのかもしれません。

フレディマーキュリーの埋葬場所はどこ

ロンドンのウエスト・クロムウェル・ロード(West Cromwell Road)にフレディの邸宅があります。「Garden Lodge」と書かれた緑の扉があり、家へと続いています。

扉の周りに透明のプラスチックボードが取り付けてあり、壁との間に手紙やカードが挟めるようになっています。世界中のフレディファンは、埋葬場所がわからないため、この邸宅を訪れてはメッセージをいれて祈るそうです。

たくさんの寄せ書きが書かれてあり、花も添えられていましたね。埋葬場所はフレディの邸宅の庭という説があり、ここに訪れる人は絶えないでしょう。

フレディの別荘があったスイスのレマン湖に、遺灰が撒かれたという説もあります。フレディはレコーディングをするため、スイスのモントールを訪れました。その時に、心落ち着くことができるモントールの静けさを気に入って、別荘も購入しています。

HIVが発症した後、イギリスの報道陣を避けるため、この別荘で療養していました。フレディゆかりの地として、湖畔にはフレディの銅像もあります。


自然も豊かで、ここならゆっくり眠ることができそうですね。

フレディ邸宅説のほうが有力ですが、ここでも同様に壁やドアには、たくさんのメッセージがびっしりと書かれてありました。

まとめ

・1991年11月24日、HIV感染合併症のひとつであるニューモシスチス肺炎によって亡くなる。(45歳)
・同年11月27日に、ロンドンのケンザル・グリーン霊園で葬儀が行われた。
・フレディの葬式は、ゾロアスター教の習わしにのっとり、火葬される。
・フレディはメアリーのことを「ソウルメイト」と呼び、絶大な信頼を寄せており、遺灰を託した。
・埋葬場所がわからないため、ファンはフレディの邸宅前か別荘に祈りをささげる。

真実を知りたいと思う一方で、この謎は明らかにしない方がいいのではないのかとも思ってしまうのは私だけでしょうか?わからないからこその魅力がそこには詰まっていると思います。

フレディ自身も謎の多いスターでしたし、今まで誰にもわからないように隠してきたわけですから、ここでわかってしまうの、解明した達成感よりも物足りなさの方が大きく残ってしまいそうです。

これに関しては、謎は謎のままのほうが良いのかもしれませんね。

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